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今こそ、科学についての哲学を──「地球温暖化」の見方 |
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2007-09-15 Sat 20:33
(前回の 小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」は こちら) 現在、スピリッチュアルが大流行である。新興宗教団体の暴走によって引き起こされた地下鉄サリン事件の恐怖の記憶が薄れたのか、非科学的な超越物を根拠に語られる言説がテレビ界にも出版界にも溢れ、商品として消費されている。他方、地球温暖化現象のような、科学的検証が困難で、時間をかけた十分な議論を要するようなものが、「科学の名の下に」盲信されようとしている。このような時代だからこそ、科学そのものを分析対象とする学問である「科学哲学」の、市民レベルでの普及が必要ではないか、そう思う。「科学哲学」では、科学の方法論そのものを徹底的に疑ってかかる。そうすることによって、「科学的」とはどういうことか、「科学で証明された」とは何をしていうのか、などをよりよく理解し、「科学としてある程度信頼のおけるもの」と「科学を自称しているがインチキなもの」とに線を引くすべを得ようとするのである。そんなわけだからこのブログでも、科学哲学の専門家である伊勢田哲治の著作[*1][*2]を参照して、科学哲学の考え方を紹介してみようと思う。今回は、地球温暖化と同じように、「地球規模の変動に関する科学的な言明」がなされた過去の例を参考に、地球温暖化が「科学的に正しい」かどうかということを、ぼくら市民がどう判断すればいいかを探ることにする。前回、化石燃料の消費による地球温暖化のような現象は、安定的な生起確率が観測される反復事象とは全くいえず、むしろ一回しか生起しない歴史的事象だと主張した...
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